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[横沟正史] 人面疮

_6 横溝正史(日)
「樋上さん、また同じようなことが起こりましたね。二度あることは三度あるというが」
 樋上はちらと上眼使いに耕助の顔を見ると、おびえたように首をすくめて、
「しかし……しかし……こんどはわたしじゃない。わたしはなにもしなかった……」
 と|喘《あえ》ぐようにいって|咽喉仏《のどぼとけ》をぐりぐりさせる。
「しかし、樋上さん、あんたはひょっとすると、ゆうべ奥さんの部屋へ入っていったんじゃありませんか」
 樋上ははじかれたように顔をあげ、瞳に恐怖の色をたたえて、何かいおうとするように、顎をがくがくさせていたが、すぐぐったりとうなだれた。
「金田一さん、この男がゆうべ奥さんの部屋へ……?」
 磯川警部はぎくっとした面持ちである。
「はあ、ぼく、そうじゃないかと思っていたんです。樋上さん、正直にいってください。あなた、奥さんの部屋へいったんですね」
「はあ」
 と、短くこたえて樋上四郎は右腕の袖で眼をこする。
「しかし、いったい、なんのために、奥さんの部屋へ入っていかれたんですか」
「はあ、あの、しかし……」
 と、樋上は追いつめられた獣のような眼をして、三人の顔をギロギロ見ながら、
「わたしがまいりましたときには、奥さんは、しかし、あの部屋にゃいなかったんです。わたしゃご不浄へでもいかれたんだろうと思うて、半時間あまり待っておりましたんですが、奥さんはとうとうかえってこられなかった。そのうちに、呼鈴にさわったとみえて、お秋さんが用事を聞きにきたりしたんで、わたしもとうとうあきらめてじぶんの部屋へかえりましたんです。あの、これは決していつわりでは……」
 磯川警部が色をなしてなにかいおうとするのを、金田一耕助はかるく手でおさえると、おだやかな微笑を樋上にむけて、
「ねえ樋上さん、わたしはあんたが奥さんを殺したといってるんじゃないんですよ。奥さんが外出してたってことはわたしもしってる。わたしのききたいのは、なんのためにあんたが奥さんの部屋へ入っていったかということなんだが……」
「はあ、あの、それは……」
 と樋上はまた咽喉仏をぐりぐりさせながら、
「ずっと昔、わたし志賀さんの奥さんを殺したことがあるもんですから……」
 磯川警部はまたギョッとしたように樋上の顔を見なおしている。金田一耕肋はそれについて、一応説明の労をとらねばならなかった。
「いや、警部さん、それはいいんです。いいんです。そのことはもうすんでるんです。このひとは自首してでて、むこうで刑期をすましてきてるんですから。……樋上さん、それで……?」
「はあ、あの、そのことを志賀さんは黙っておれ、内緒にしとけとおっしゃるんですが、わたしゃ、それではなんだか心配で、心配で……」
「心配というのは……?」
「はあ、さっきあなたが二度あることは三度あるとおっしゃったように、わたしまた、あの奥さんの咽喉をしめるようなはめになりゃあせんかと。……そんな気がしてならないんです。奥さんに親切にしていただけばいただくほど、なんだか怖くなって……それで奥さんにわたしのことをよくしっていただいて、おたがいに用心したほうがよくはないかと、そんなことを考えたんです。そこで、ゆうべ志賀さんの留守をさいわいに、お話にあがりましたんです。わたし、あんないい奥さんを殺そうなどとは夢にも思いませんが、それでいながら、夢に奥さんの咽喉をしめるところを見たりして……」
 樋上四郎はまた右腕で眼をこする。
 人生のいちばんだいじな出発点で足をふみはずしたこの男は、たえずそのことが強迫観念となり、いくらかでも幸福な世界に足をふみいれると、またおなじような過ちをくりかえし、他人を不幸におとしいれると同時に、じぶんもふたたび不幸になるのではなかろうかと、怖れつづけてきたのにちがいない。
 金田一耕助はまたあらためて惻隠の情をもよおし、この人生の廃残者をいたましげに視まもっていたが、そこへお秋が入ってきた。
「あの……奥様の黒のスーツが一着と、お靴が一足見当たらないようでございますけれど……」
     十一
 正午過ぎから出た南の微風が、沖の小島をおおうていた霧をすっかり吹きはらい、海上はまだいくらかうねりが高かったが、空は秋の夕べの色を見せて、くっきりと晴れわたった。
 本土と島をつなぐ桟道から、この沖の小島をながめると、それこそまるで|蜃《しん》|気《き》|楼《ろう》のようである。なるほど建築学上からいうと、|摩《ま》|訶《か》不思議な構造物であるかもしれない。しかし、おりからのあかね色の西陽をあびて、累々層々と島のうえに連らなり、盛りあがっている複雑な夢の|勾《こう》|配《ばい》をみると、やはりひとつの偉観でもあり、美観でもあった。久保銀造のいうように、たとえ、材料やなんかチャチなものであるにしても。
「いや、耕さん、わしも見なおしたよ。なるほどここからみるといいな」
 桟道のとちゅうのとある|崖《がけ》のうえに立った久保銀造は、ステッキのかしらに両手をおいて、ほれぼれとした眼でこのうつくしい蜃気楼をながめている。
 金田一耕助はしかし、この蜃気楼がうつくしければうつくしいほど、これをつくりあげた男の情熱に思いをはせて、気がめいってならないのである。
 志賀泰三は夢を見ていたのだ。子供のようにうつくしい夢の世界にあそんでいたのだ。しかしいまその夢が蜃気楼のようにくずれさったとき、いったいあとに何が残るのだ。その夢がうつくしければうつくしかっただけに、それが悪夢と化してすぎさったあとの、灰をかむようなわびしさに思いおよんで、金田一耕助の胸はえぐられるのだ。
「静よ、静よ。なぜ死んだ。おれをのこしてなぜ死んだんだ。静……静……」
 号泣する志賀泰三の声が、いまもなお耕助の耳にかようてくる。
「金田一さん、金田一さん、見つけましたよ。ほら、このペダル……」
 崖のしたから磯川警部が、ふとい猪首にじっとり汗をにじませてあがってきた。
「ああ、そう、それじゃあやっぱりここで自転車がころんだんですね。警部さん」
「はあ」
「それじゃ刑事さんたちにもう少しこのへんから、崖の下をさがしてもらってください。そしてどのようなものにしろ、およそ人間の身につけるようなものを発見したら、だいじに持ってかえるようにって」
「はあ、承知しました」
 磯川警部がそのへんにちらばっている私服たちに、金田一耕助のことばをつたえおわるのを待って、
「警部さん、それじゃわれわれはひとあしさきに、沖の小島へかえりましょう。あるきながら話すことにしようじゃありませんか」
「はあ、話してください。わたしにはだんだんわけがわからなくなってきた」
 適当の湿度をふくんだこころよい微風が、金田一耕助の|蓬《ほう》|髪《はつ》をそよがせ、|袂《たもと》や|袴《はかま》をばたつかせる。三人はしばらく黙々として歩いていたが、やがて耕助はうるんだような眼をあげて、そばを歩いていく磯川警部をふりかえった。
「ねえ、警部さん、推理のうえで犯人を組み立てることはやさしいが、じっさいにそれを立証するということはむつかしいですね。ことに新刑法では本人の自供は大して意味がなく、物的証拠の裏付けがたいせつなんですが、この事件のばあい、完全に証拠を蒐集しうるかどうか」
「それは、しかし、なんとかわれわれが努力して……」
「はあ、ご成功をいのります。それではだいたいこんどの事件の骨格をお話することにいたしましょう」
 金田一耕助はなやましげな視線を蜃気楼島の蜃気楼にむけて、
「さっきの話でもおわかりのとおり、志賀夫人は昨夜あそこにいなかったんです。少なくとも十一時半から十二時ごろまで、すなわち、樋上四郎があの座敷にがんばっているあいだ、奥さんがあそこにいなかったことはたしかですね。では、奥さんはどこにいたのか、おそらく対岸の町にいたのでしょう。そして、犯行の時刻を十一時ごろとみて矛盾がないとすれば、奥さんはむこうの町で殺されたんですね」
 磯川警部はギクッとしたように眼をみはり、耕助の顔を視なおした。
「金田一さん、そ、それはほんとうですか」
「はあ、これはもう完全にまちがいないと思います。なぜといってさっきお眼にかけたあの腕輪は、ランチのなかで発見されたのだから。その点についてはおじさんも証人になってくれると思います」
 久保銀造は無言のままおもおもしくうなずいた。
「しかし、志賀夫人はなぜまた誰にも内緒で町へ出かけたんです」
「それはおそらく村松医師から|脅喝的《きょうかつてき》に、おびきよせられたんでしょう。奥さんとしては滋という男との昔の関係を、良人にしられたくなかった。そこへ村松医師がつけこんだんですね。葬式のまえにひとめでもよいから、滋の死に顔にあってやってくれ……とかなんとか、そんなふうに持ちかけられたら、奥さんとしてはいやとはいえなかったんでしょう。良人の激情的な性質をしっているだけにね」
「しかし、村松という男はゆうべお通夜の席の満座のなかで、志賀夫人と滋のなかをばらしているじゃありませんか」
「だから、警部さん、これは非常に計画的な犯罪なんですよ。村松医師がそのことをばらしたときには、志賀夫人はすでに殺害されていたにちがいない。そして、志賀泰三氏を動揺させるか、満座のなかで志賀氏がどのように狂態を演じるかを、あらかじめ計算にいれていたにちがいない。それによって志賀泰三氏の激情による犯罪であろうと、一般に信じこませようという周到な用意なんですね」
「それでは、金田一さん、志賀夫人を町へよびよせたのは、はじめから殺害する目的なんですか」
「もちろん、そうです。それと同時にその罪を志賀泰三氏におっかぶせようという、世にも陰険な計画なんです」
「金田一さん!」
 磯川警部は声をうわずらせて、
「話してください。もっと詳しく話してください。どうしてそういう|悪《あく》|辣《らつ》きわまる計画が、かくもみごとに演出できたか。……いや演出されようとしたか。……われわれはてっきり志賀氏の情熱的犯行とおもいこんでいたんですからね」
「はあ。お話しましょう」
 金田一耕助はまたなやましげな眼を蜃気楼島にむけて、
「村松医師から脅喝された志賀夫人は、ゆうべ寝室へさがったと見せかけて、黒のスーツに身をやつし、自転車に乗って桟道からひそかに対岸の町へ出向いていった。そして、そこで殺害されたのだが、じっさいに手をくだしたのは村松医師か|倅《せがれ》の徹か……そこまではぼくにもわかりませんが……」
「き、金田一さん!」
 と、警部はギョッと耕助の顔をふりかえって、
「そ、それじゃ父子共謀だとおっしゃるんですか」
「ええ、もちろんそうです。徹という男はこの事件で非常に大きな役割を演じてるんですよ。かれはまずきのうの夕刻沖の小島まで志賀氏を迎えにいっている。何もわざわざ志賀氏を迎えにいく必要はなかったんですが、かれが迎えにいかないと、佐川春雄という少年がランチの運転手としてついてくる。それではかれらの計画にとって都合がわるいので、|何《いず》れ用事をこしらえて志賀氏を迎えにいき、みずからランチを運転してかえってきたんです。おそらくこのとき志賀夫人にきっと待っているからと、いっぽん釘をさしておいたにちがいない。さて志賀夫人がやってくると、これを殺して裸にして、ランチのなかの腰掛けのしたへかくしておいたんです」
「ランチのなかの腰掛けのしたあ?」
 磯川警部は眼をまるくする。
「ええそうです。あのランチの腰掛けのしたは箱になってるんですが、そこにいちじ死体をかくしてあったことは、綿密に検査すれば証明できると思います。犯人は箱のなかを洗ったようですが、|下《しも》から相当出血があったとすれば、まだ血痕がのこっているかもしれないし、汚物の跡なども検出できると思います」
 磯川警部はつよく息を吸って大きくうなずく。
「それにこの腰掛けの蓋の裏に毛髪がくっついたのを取っておきましたから、あとでおわたしいたしましょう。この毛髪についてはこのおじさんと佐川少年が証人になってくれましょうし、これを志賀夫人の毛髪と比較することによって、夫人の死体……いや、すくなくとも夫人のからだがいっとき、あの箱のなかにあったことが証明できましょう。それからあの腕輪もランチのなかで発見したんですが、犯人がこれを見おとしたというのは致命的な失敗でしたね。おそらく犯人はそのような腕輪を、夫人が肌身はなさず身につけているということをしらなかったんですね。ですから夫人を裸にするとき、腕輪がはずれて腰掛けのうえへおちたのに気がつかなかった。だから、腰掛けの蓋をひらいたとき、腕輪が板壁のほうへすべっていって、腰掛けと板壁とのあいだのすきまに落ちこんだのを、ぜんぜんしらなかったんですね。犯人にとってはこれほど大きな失敗はありません。ぼくだってこの腕輪を発見しなかったら、完全に犯人の術中におちいっていたことでしょうからね」
     十二
 金田一耕助はここでポツンと言葉をきると急にぞくりと肩をふるわせた。それはかならずしも|黄昏《たそがれ》どきの浜風が身にしみたせいではない。ある恐ろしい連想がかれの心をつめたくなでていったのだ。
 久保銀造もそれに気づくと、にわかに大きく眼をみはり、
「耕さん、耕さん、それでいったいあの死体は、いつ沖の小島へはこばれたんだね。ひょっとするとわれわれといっしょに……」
「そうです、そうです、おじさん。そのときよりほかにチャンスはないわけですからね。かってにランチをうごかせば怪しまれるし、沖の小島でもランチの音をきけばすぐ気がつきます。だから、おじさん、ゆうべ志賀さんが泣きふしたあの腰掛けのしたに、奥さんの死体がよこたわっていたわけですよ」
「畜生!」
 銀造老人は歯ぎしりをし、磯川警部はいまさらのように犯人、あるいは犯人たちのだいたんといおうか、冷血無残といおうか、ひとなみはずれたやりかたに、つめたい戦慄を禁ずることができなかった。
「さて、ランチが沖の小島へついて死体を寝室へはこびこむ段取りになるわけですが、ここでかりに志賀泰三氏を容疑者としてかんがえてみましょう。あのひとも夫人が殺害されたころ、対岸の町にいたわけですからね。だけど、あの死体の状態をみれば泰三氏は容疑者から除外してもよいと思う」
「死体の状態というと……?」
「犯人はね、殺人はあの部屋でおこなわれたと見せかけたかったんです。つまり奥さんはあそこで絞め殺されたと思わせようとしたんですね。だから、それには死体に寝間着を着せておくほうがよりしぜんですね。ところがその寝間着は敷き蒲団のしたにしかれていたので、犯人には見つからなかったんです。ところがこれが志賀さんなら、いつも|閨《けい》|房《ぼう》をともにしているんだから、奥さんのそういう習慣をしってたはずです。だから、これは志賀さんではなく、のこるひとりの徹のしわざだということになる。徹は寝間着が見つからなかったので、せめて腰巻きだけでもと、奥さんが出かけるとき、脱いでおかれた腰巻きをさせておいたんです」
 陽はもう西にしずんで、名残りの余光が空にうかんだ|鰯雲《いわしぐも》をあたたかく染めだしている。波間にうかぶ蜃気楼は一部分まだ残照にかがやいているが、その他の部分はもうすでにまゆずみ色のたそがれのなかに沈んでいる。風が少し出てきたようだ。
「ところで金田一さん、あの自転車はどうしたんですか。誰があの自転車をかえしにきたんです」
「ああ、そうそう、自転車のことがありましたね。警部さん、犯人、あるいは犯人たちはなぜ死体を裸にしなければならなかったか。それにはいろいろ理由があると思うんです。まず|衣裳《いしょう》をつけたままじゃあの箱のなかへ押し込みにくかったこと。志賀夫人がきのう洋装の外出着を身につけたということを、だれにもぜったいにしられたくなかったこと。……それらも重大な理由ですが、もうひとつ、その衣裳が共犯者にとって必要だったんじゃないかと思う」
「衣裳が必要とは……?」
「自転車をかえしにいく人物がそれを身につけていったのではないか。……とちゅうでひとに見られても、志賀夫人だと思わせるために」
「耕さん!」
 銀造老人のかみつきそうな調子である。それこそ怒り心頭に発するさけび声であった。
「そ、そ、それじゃ自転車をかえしにきたのは、田鶴子という娘だと……」
「おじさん、田鶴子はゆうべ階段からすべって折ったといって腕をつってましたね。しかし、あれはじじつではなく、あそこの崖から自転車ごと二メートルほど下の岩のうえまで|顛《てん》|落《らく》して、そのとき腕を|挫《くじ》いたんじゃないでしょうか。男たちはアリバイをつくるために、お通夜の席からあまりながくはなれたくなかった。そこでいちばん時間のかかる自転車をかえすという仕事、それは田鶴子にわりふられていたんじゃないでしょうか」
「金田一さん、金田一さん」
 磯川警部の声ははずんでいた。
「それじゃ、一家全部で……?」
「そうです、そうです。おそらく村松夫人も参画していたと思う」
「耕さん、耕さん、参画どころじゃあないよ。きっとあのかかあが主謀だよ」
「おじさん、そう偏見にとらわれちゃあ……」
「偏見じゃないよ、耕さん。わしは断言する。これはあの女のかんがえだしたことにちがいないと……」
 銀造老人の言葉はあたっていた。
 磯川警部の活動によって、つぎからつぎへと有力な証拠があげられ、村松家の四人が検挙されたとき、かれらもそれを認め、世人を戦慄させたものである。
「しかし、金田一さん、動機はなんです。いったいなんのためにそんな恐ろしい……」
「警部さん、ごらんなさい。あのうつくしい蜃気楼を……」
 金田一耕助はなやましげな眼をあげて、刻々として黄昏の|夕《ゆう》|闇《やみ》のなかにしずんでいく、蜃気楼を視やりながら、
「あの連中にとってあの蜃気楼はそれだけのねうちがあったんです。静子さんは志賀さんのたねをはらんでいた。だから、子供がうまれるまえに殺す必要があったんです。そしてその罪を志賀さんにおっかぶせてしまえば、あれだけの財産がどこへころげこむかということを考えればね」
 金田一耕助は溜め息をついて、
「しかし、かれらはおそらくそうはかんがえていないでしょう。滋をうらぎった女、滋から愛人をうばった男、そのふたりに復讐したのだと考えているかもしれません。そのほうが良心の痛みもすくなく、自己満足できるでしょうからね。だから、この事件の動機はなかなか複雑だと思うんです。成功者にたいする|羨《せん》|望《ぼう》、看護婦から島の女王に出世した婦人にたいする嫉妬、そういうもやもやとした感情が、滋の告白をきいたせつな爆発したんですね。ですけれど、ぼくはやはりこれを|貪《どん》|慾《よく》の犯罪だと思いますよ」
 しばらくおもっくるしい沈黙がつづいたのち、銀造老人が思い出したように口をひらいた。
「しかし、耕さん、あの義眼は……?」
「ああ、そうそう」
 耕助も思い出したように、
「あの義眼については婆あさん、志賀さんが義眼をくりぬいてかえって、それをつきつけて奥さんを責めてるうちに、嫉妬にくるって絞め殺したんだといってましたね。ぼくはそう思わせるために、徹がぬきとっていったんじゃあないかと考えてみたんですが、それにしては、義眼が死体のそばにあったと聞いたときの、あの連中のおどろきかたは大きかったですね。いったい、計画的な犯罪のばあい、それが計画的であればあるほど、計画以外の事態がおこると、犯人はとっても不安をかんじるようです。こんどのばあいもそれで、あの義眼のことは犯人の計画になかったこと……すなわち、あれを抜きとっていったのは、犯人あるいは共犯者ではなく志賀さんではなかったか。なんのために志賀さんがそんなことをしたのか、これは志賀さんじしんにきいてみなければわかりませんが……」
 それについて志賀泰三はのちにこう説明をくわえている。
「わたしは結婚まえの滋と静子との関係はしっていたんだ。しかし、そんなことはわたしの眼中になかった。わたしはきっとじぶんの愛情と誠意で、静子の心をとらえ、じぶんに惚れさせてみせるという自信があったし、また、じじつそのとおりになったんだ。だから、そのことを……結婚まえの滋との関係をしっていて許しているということを、静子にいっておけばよかったと思う。ところが静子はそれをしらないものだから、いつも心を苦しめていたようだ。それがふびんでならないものだから、滋が死亡したのを機会に、なにもかも打ち明けて許してやろうと思った。と、同時に昔の恋人にわかれをつげさせてやりたいとも思ったんだ。とはいえ、滋の体をこっそり持ってかえるわけにはいかんので、滋の体の一部分として義眼をくりぬいて持ってかえったんだ。それを滋の亡骸としてわかれをつげさせたうえ、なにもかもしっていて許していたということをいってやりたかったんだ。義眼のほうは葬式のとき持参して、滋にかえすつもりでいた。ところが、お通夜の席上の、しかも満座のなかで、とつぜん村松が滋と静子の関係をぶちまけた。それのみならず結婚後もふたりの関係がつづいており、静子の腹の子もひょっとすると滋のタネではないかなどと、とほうもないことをいいだしたので、わたしはもうすっかり混乱してしまったんだ。混乱したというのは静子をうたがったからではない。そんな馬鹿なことがあるべきはずのないことはよくしっていたが、村松がなぜまたそんなことをいいだしたのか、その真意がのみこめなかったからおどろいたんだ。ところが、そこへ村松の細君がアメリカでわたしが妻を殺したようなことをいいだして、こんどはそんなことをしちゃあいけないなどと忠告めいたことをいいだすにおよんで、わたしははっとこの夫婦、じぶんに静子を殺させようとしているのではないか。……と、そんな気がしたんだ。わたしはそれまであの夫婦をとても信頼していただけに、混乱と動揺が大きかったわけだ。静子はまえからあの夫婦には、あまり心を許さないようにといってたが……静子……静子……おまえもしかしあの連中が、じぶんの命までねらっているとはしらなかったんだなあ」
 磯川警部はよくやった。
 かれはまず犯行の現場として村松家の物置きに目をつけたが、このカンが的中したのだ。この物置きのがらくたのなかから、静子の耳飾りのかたっぽうが発見されるに及んで、村松医師も恐れいったのである。
 村松医師もいざとなるとさすがに気おくれしたが、それをそばから|叱《しっ》|咤《た》し、けしかけたのが夫人の|安《やす》|子《こ》だと聞いて、ひとびとは戦慄せずにはいられなかった。安子夫人はこういったという。
「あなた、なにをぐずぐずしてるんです。あれだけ大きな財産がころげこもうというのに、そんな気の弱いことでどうするんです」
 この鬼畜のような夫婦にとりおさえられて、恐怖のあまりあわれな静子はそのときすでになかば意識をうしなっていたので、声をたてることもできなかったのである。
 死体はすぐ裏の海に待ちかまえている徹のボートヘおろされた。徹はそれをあのランチのなかへはこんでいったのだが、それからあとのことは金田一耕助の推理のとおりである。
 志賀泰三はそののちまもなく蜃気楼をひきはらって、樋上四郎とともにふたたびアメリカヘわたることになった。ふたりが横浜から出発するとき、金田一耕助も突堤まで、久保銀造とともに送ってやった。
 四人の手に握られたテープが切れて、わびしげに手をふるあの廃残の二老人のすがたが、しだいに甲板のうえで小さくなっていくのを見たとき、久保銀造は老いの眼をしばたたき、金田一耕助もしみじみと、運命というものに思いをはせずにはいられなかった。
    蝙蝠と蛞蝓
     一
 およそ世の中になにがいやだといって、|蝙《こう》|蝠《もり》ほどいやなやつはない。昼のあいだは暗い洞穴の奥や、じめじめした森の|木《こ》|蔭《かげ》や、土蔵の軒下にぶらんぶらんとぶら下がっていて、夕方になると、ひらひら飛び出してくる。
 第一、あの飛びかたからして気に食わん。ひとを小馬鹿にしたように、あっちへひらひら、こっちへひらひら、そうかと思うとだしぬけに、高いところから舞いおりてきて、ひとの頬っぺたを|撫《な》でていく。子供がわらじを投げつけると、いかにもひっかかったような顔をして、途中までおりてくるが、いざとなると、ヘン、お気の毒さまといわぬばかりに、わらじを見捨てて飛んでいく。いまいましいったらない。ヨーロッパの伝説によると、深夜墓場を抜け出して、人の生血を吸う吸血鬼というやつは、蝙蝠の形をしているそうだ。またインドかアフリカにいる白蝙蝠というやつは、実際に動物の生血を吸うそうだ。そういう特別なやつはべつとしても、とにかく、これほど虫の好かん動物はない。いつかおれは夕方の町を散歩していて、こいつに頬っぺたを撫でられて、きもを冷やしたことがある。それ以来ますます嫌いになった。
 ところでおれがなぜこんなことを書き出したかというと、ちかごろ隣の部屋へ引っ越してきた男というのが、おれの嫌いな蝙蝠にそっくりなんだ。べつにつらが似ているわけじゃないが、見た感じがだ。なんとなくあのいやな動物を連想させるのだ。このあいだもおれがアパートの廊下を散歩していたら、だしぬけに暗い物蔭からふらふらと出てきて、すうっとおれのそばへ寄ってきやァがった。おれはぎゃっと叫んでその場に立ち|竦《すく》んだが、するとやつめ、フフフと鼻のうえに|皺《しわ》を寄せ、失礼ともいわずに、そのままふらふらむこうへいってしまやァがった。いま考えてもいまいましいったらない。
 そもそも――と、ひらきなおるほどの男じゃないが、そいつの名前は|金《きん》|田《だ》|一《いち》|耕《こう》|助《すけ》というらしい。わりに上手な字で書いた名札がドアのうえに|貼《は》りつけてある。|年齢《とし》はおれより七つか八つ年うえの、三十三、四というところらしいが、いつも髪をもじゃもじゃにして、|冴《さ》えぬ顔色をしている。それにおかしいのは、こんな時代にもかかわらず、いつも和服で押しとおしている。ところがその和服たるやだ。|襟《えり》|垢《あか》まみれの|皺《しわ》|苦《く》|茶《ちゃ》で、なにしろああ|敵《かたき》のように着られちゃ、どんな筋のとおったもんでも|耐《た》まるまいと、おれはひそかに着物に同情している。しかし、ご当人はいっこう平気なのか、それともそういう取りつくろわぬ服装をてらっているのか、外へ出るときには、垢まみれの皺苦茶のうえに、|袴《はかま》を一着に及ぶんだから、いよいよもって鼻持ちがならん。その袴たるや――と、いまさらいうだけ野暮だろう。いまどき、場末の芝居小屋の作者部屋の見習いにもあんなのはいない。もっとも、小柄で貧相な風采だから、おめかしをしてもはじまらんことを自分でもちゃんと知っているのかもしれん。生涯うだつのあがらぬ人相だが、そこが蝙蝠の蝙蝠たるゆえんかもしれん。はじめおれは戦災者かと思っていたが、べらぼうに本をたくさん持っているところを見ると、そうでもないらしい。アパートのお|加《か》|代《よ》ちゃんの話によると、昼のうちは寝そべって、本ばかり読んでいるが、夕方になるとふらふら出かけていくそうだ。いよいよもって蝙蝠である。
「いったい、どんな本を読んでいるんだい」
 おれが|訊《たず》ねると、お加代ちゃんはかわいい|眉《まゆ》に|皺《しわ》を寄せて、
「それがねえ、気味が悪いのよ。死人だの骸骨だの、それから人殺しの場面だの、そんな写真ばかり出てる本なのよ。このあいだ私が掃除に入ったら、|首《くび》|吊《つ》り男の写真が机のうえにひろげてあったからゾーッとしたわ」
 フウンとおれはしかつめらしく|顎《あご》を撫でてみせたが、心中では大変なやつが隣へきたもんだと、内心少なからず気味悪かった。職業を訊くとお加代ちゃんも知らんという。
「なんでも伯父さんがまえにお世話になったことがあるんですって。それでとても信用してんのよ。でも、あんな死人の写真ばかり見てる人、気味が悪いわねえ、|湯《ゆ》|浅《あさ》さん」
 お加代ちゃんもおれと同意見だったので|嬉《うれ》しかった。
 それにしても、隣の男のことがこんなに気にかかるなんて、おれもよっぽどどうかしている。おれは戦争前からこのアパートにいるが、いままでどの部屋にどんなやつがいるか、そんなことが気になったためしはない。むろん、つきあいなんかひとりもない。もっとも、三階の、おれの真上の部屋にいる|山《やま》|名《な》|紅《こう》|吉《きち》だけはべつだ。その紅吉が、このあいだ、心配そうにおれの顔を見ながらに、こんなことをいった。
「どうしたんです。湯浅さん、お顔の色が悪いようですね。どこか悪いんじゃありませんか」
「うん、どうもくさくさして困る。つまらんことが気になってね」
「まだ、裏の|蛞《なめ》|蝓《くじ》女史のことを気にしてるんじゃないですか。あんな女のこと、いいかげんに忘れてしまいなさい。ひとの身よりもわが身の上ですよ」
「ううん、いまおれが気にしてるのは、蛞蝓のことじゃない。こんど隣へ引っ越してきた、蝙蝠男のことだ」
「はてな、蝙蝠たアなんです」
 そこで、おれが蝙蝠男の金田一耕助のことを話してやると、山名紅吉は心配そうに指の爪をかみながら、
「あなた、それは神経衰弱ですぜ。気をつけなければいけませんね。当分学校を休んで静養したらどうですか」
 それから紅吉は、情なさそうに溜息をつくと、
「いや、お互い、神経衰弱になるのも無理はありませんね。私なんぞも、いつまで学資がつづくかと思うと、じっとしていられないような気持ちですよ。今月はまだ部屋代も払ってないしまつでしてね」
 と、さみしそうな声でいう。そこでおれもにわかに同情をもよおして、
「田舎のほう、やっぱりいけないのかい」
 と、親切らしく訊いてやった。
「駄目ですね。財産税と農地改革、二重にいためつけられてるんですから、よいはずがありません。没落地主にゃ秋風が身にしみますよ。学資はともかく、部屋代だけはなんとかしなきゃあと思ってるんですがね」
「なあに、部屋代のことなんざあどうでもいいさ。君にゃお加代がついているんだから大丈夫だよ」
 おれがそういってやると、
「ご冗談でしょう」
 と、紅吉はあわてて打ち消したが、そのとたんにポーッと|頬《ほお》を|赧《あか》らめるのを見たときにゃあ、われにもなく、おれは|妬《ねた》ましさがむらむらとこみ上げてきた。山名紅吉、名前もなまめかしいが、実際、大変な美少年である。
「ご冗談でしょう? ヘン、白ばくれてもわかってるよ。君がお加代とよろしくやっていることを、おれはちゃあんと知ってるんだ。君はうまうま人眼を|欺《あざむ》いているつもりだろうが、ヘン、そんなことでごまかされるもんか。だいたい君はみずくさいぜ。まえの下宿を追い出されてさ、いくところがなくて弱っているのをここのおやじの|剣《けん》|突《つき》|剣《けん》|十郎《じゅうろう》に口をきいてやったのはこのおれだぜ。いわば、このアパートでは先輩のおれだ。しかるになんぞや、いつのまにやら先輩を出し抜いて、お加代をものにするなんぞ……いや、なに、それはいいさ、それはいいが、なにも先輩のおれに隠し立てするこたァないじゃないか。お加代とできたのならできたと……」
 おれは急にパックリと口を|噤《つぐ》んだ。紅吉があっけにとられたように、まじまじとおれの顔色を見ているのに気がついたからである。いけない、いけない、おれはやっぱり神経衰弱かしらん。内かぶとを|見《み》|透《す》かされたような気がして、おれは急にきまりが悪くなった。ぬらぬらとした冷汗が、体中から吹き出してきた。そこで、照れかくしに、かんらかんらと豪傑笑いをしてやった。それからこんなことをいった。
「そんなことは、ま、どうでもいいや。金のことだって、いまになんとかなるさ。金は天下のまわりものさ。裏の蛞蝓を見い。このあいだまで、メソメソと、死ぬことばかり考えていやァがったが、ちかごろ、にわかに生気を取り返しゃアがったじゃないか」
「それゃア、裏の蛞蝓女史は、ああして売り飛ばす着物を持っとるです。しかし、われわれときた日にゃ……」
「まったく逆さにふるっても鼻血も出ないなア。君はそれでも、お加代がついてるだけましだよ」
「まだ、あんなことをいってる。それよりねえ、湯浅さん。裏の蛞蝓女史ですがね、きょうまた着物を売って、たんまり金が入ったらしいですよ。さっき三階の窓から見ていたら、手の切れそうな札束の勘定をしてましたよ。ぼくアもう、それを見ると、世の中がはかなくなりましてねえ」
「ようん」
 おれは溜息とも、|呻《うめ》き声ともつかぬ声を吹き出した。それからにわかに思いついてこういった。
「おい、山名君、君、お加代もだが、ひとつあの蛞蝓女史にモーションをかけてみないかい」
「蛞蝓女史に、モーション、かけるんですって?」
 紅吉はびっくりしたように、一句一句、言葉を切ってそういうと、眼をパチクリさせながら、おれの顔を見なおした。
「そうさ、君なら大丈夫成功するよ。いや、あいつ、とうから君に|思《おぼ》し召しがあるんだ。だからああして、わざと縁側に机を持ち出して、あんな変てこな書置きを書きやがるんだ。あれゃアつまり、君の同情をひこうという策戦だぜ。だからさ、なんかきっかけをこさえて、インギンを通ずるんだね。そして、嬉しがらせのひとつもいってやってみろ。部屋代の心配なんか、たちどころに|雲散霧消《うんさんむしょう》すらあ。おい、山名君、どうしたんだい。逃げなくたっていいじゃないか。ちょっ、意気地のねえ野郎だ」
 山名紅吉がこそこそと部屋を出ていってからまもなく、階下のほうでお加代さんの|弾《はじ》けるような笑い声が聞こえたので、おれはぎょっとした。気のせいか紅吉の声も聞こえるような気がする。ちきしょう、ちきしょう、ちきしょうと、おれは|切《せっ》|歯《し》|扼《やく》|腕《わん》した。なにもかも|癪《しゃく》にさわってたまらん。お加代も紅吉も蝙蝠男も蛞蝓女も、どいつもこいつも鬼にくわれてしまやぁがれ!
     二
 きょう、おれは学校からの帰りがけに、素晴らしいことを思いついた。そこで晩飯を食ってしまうと、さっそく机に向かって原稿紙をひろげ、まず、
 蝙蝠男――
 と、題を書いてみた。だが、どうも気に食わんので、もうひとつそのそばに、
 人間蝙蝠――
 と、書き添えてみた。そしてしばらく二つの題を見くらべていたが、結局どっちの題も気に入らん。第一、こんな題をつけると、|江《え》|戸《ど》|川《がわ》|乱《らん》|歩《ぽ》の真似だと|嗤《わら》われる。そこで二つとも消してしまうと、あらためてそばに、
 蝙蝠――
 と、書いた。これがいい。これがいい。このほうがよっぽどあっさりしている。さて、題がきまったので、いよいよ書き出しにかかる。
 ええ――と、蝙蝠男の耕助は――なんだ、馬鹿に|語《ご》|呂《ろ》がいいじゃないか。蝙蝠男の耕助か……ウフフ、面白い、面白い。だが――その後なんとつづけたらいいのかな。いや、それより蝙蝠男の耕助に、いったいなにをやらせようというんだ。――おれはしばらく原稿紙をにらんでいたが、そのうちに頭がいたくなったので、万年筆を投げ出して、畳の上にふんぞり返った。実はきょうおれは、学校の帰りに、蝙蝠男の耕助をモデルにして、小説を書いてやろうと思いついたのだ。その小説のなかで、あいつのことをうんと悪く書いてやる。日頃のうっぷんを存分晴らす。そうすれば、|溜飲《りゅういん》がさがって、このいらいらとした気分が、いくらかおさまりやせんかと思ったのだ。
 しかし、いよいよ筆をとってみると、なかなか|生《なま》|易《やさ》しいことで書けるのでないことが判明した。第一、おれはまだ、蝙蝠男の耕助に、なにをやらせようとするのか、それさえ考えていなかった。まず、それからきめてかからねばお話にならん。そこでおれは起き直ると、書こうとすることを箇条書きにしてみる。
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一、蝙蝠男の耕助は気味の悪い人物である。
二、蝙蝠男の耕助は人を殺すのである。
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 と、そこまで書いて、おれは待てよと考え直した。耕助に人殺しをさせるのは平凡である。そんなことで溜飲はさがらん。そこで筆をとって次のごとく書きあらためた。
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二、蝙蝠男の耕助は人を殺すのではない。他人の演じた殺人の罪をおわされて、あわれ死刑となるのである。
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 うまい、うまい、このほうがよろしい。このほうがはるかに深刻である。身におぼえのない殺人の嫌疑に、|蒼《あお》くなって|周章狼狽《しゅうしょうろうばい》している蝙蝠男の耕助の顔を考えると、おれはやっと溜飲がさがりそうな気がした。ざまァ見ろだ。さて――と、おれはまた筆をとって、
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三、殺されるのは女である。女というのはお加代である。
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 と、いっきに書いたが、書いてしまってから、おれはどきっとして、あわててその項を塗り消した。一本の線では心配なので、二本も三本も棒をひいた。おれはよっぽどどうかしている。お加代を殺すなんて鶴亀鶴亀、あの子はおれに好意を持っている。いや、ちかごろ山名紅吉が移ってきてからは、少し眼移りがしているらしいが、元来、あの子はおれのものである、と、おれは心にきめとる。それにあの子がおらんと、このアパートは一日もたちゆかん。あの子はここの経営者、剣突剣十郎の|姪《めい》だが、おやじの剣十郎はどういうものか、とかくちかごろ病いがちである。鬼のカクランで、しょっちゅう床についている。あの子がおらんと、アパート閉鎖ということにならぬとも限らん。あの子はまあ生かしておくことにしよう。
 そこでおれはあらためて、どこかに殺されても惜しくないような女はおらんかと物色したが、するとすぐ思いついたのが裏の蛞蝓女。おれははたと|膝《ひざ》をたたいた。そうだ、そうだ、あの女に限る。第一、あいつ自身、死にたがって、毎日ほど書置きを書いてやがるじゃないか。あの女を殺すのは悪事ではなくて|功《く》|徳《どく》である。そこでおれはあらためてこう書いた。
[#ここから1字下げ]
三、殺されるのは女である。女というのは蛞蝓女のお|繁《しげ》である。
[#ここで字下げ終わり]
 こうきまるとおれは|俄《が》|然《ぜん》愉快になった。一石二鳥とはこのことだ。蝙蝠男が隣へ引っ越してくるまでは、おれの関心の的はもっぱらこのお繁だったが、いまや一挙にしてふたりを粉砕することができる。名案、名案。
 ところで小説というものは、いきなり主人公が顔を出しても面白くないから、まず殺されるお繁のことから書いてみよう。お繁のことならいくらでも書けそうな気がする。そこでおれはしばし沈思黙考のすえ、あらためて題を、
 蝙蝠と蛞蝓――
 と、書いた。それから筆に脂が乗って、いっきにつぎのごとく書きとばした。
     三
 いったい、その家というのは路地の奥にあるせいか、よくお|妾《めかけ》が引っ越してくる。このまえ住んでいたのも女給あがりのお妾だったが、その後へ入ったお繁もお妾である。お繁がその家へ入ってから三年になるが、戦争中はたいそう景気がよかった。それというのがお繁の旦那が軍需会社の下請けかなんかやっていて、ずいぶんボロイ儲けをしていたからだ。
 ところが敗戦と同時にお繁の運がかたむきはじめた。まず、旦那が警察に引っぱられたのがけちのつきはじめだった。聞くところによると、終戦のどさくさまぎれに、悪どいことをやったのが暴露して、当分|娑《しゃ》|婆《ば》へ出られまいとのことである。だが、そのころお繁はまだそれほど参ってはいなかった。戦争中旦那からしぼり上げた金がしこたまあって、当分、楽に食っていけるらしかった。ところが、そこへやってきたのが貯金封鎖、ついでもの|凄《すご》いインフレだ。貨幣価値の下落とともに、彼女は|二進《に っ ち》も|三進《さ っ ち》もいかなくなった。お繁が二言目には死にたい、死にたいといい出したのはそれ以来のことである。
 もっともこの女には昔からヒステリーがあって、よく発作を起こす。ただしその発作たるや唐紙を破るとか、着物を食いやぶるとか、ひっくりかえって|癪《しゃく》を起こすとか、そういうはなばなしいやつではなくて、妙に陰にこもるのである。その発作がちかごろ慢性になったらしい。すっかり|窶《やつ》れて|蒼《あお》|白《じろ》い顔がいよいよ蒼白くなった。いや、蒼白いというよりは生気のない蒼黒さになった。そして、髪もゆわず、終日きょとんと寝床の上に|坐《すわ》っている。外へ出ると、世間の人間、これことごとく敵である、というような気がするらしい。
 こういうわけでお繁はもう、広い世間に身のおきどころのないような心細い気持ちになり、さてこそ、ちかごろ死にたい、死にたいとやりだしたわけだ。しかも彼女は口に出していうのみならず、紙に向かって書きしるす。まず彼女は縁側に机を持ち出す。そのうえに巻紙をひろげる。そして、書置きのことと、わりに上手な字で書く。そしてそのあとヘさんざっぱら、悲しそうなことを書きつらねる。書きながら、ボタボタと涙を巻紙のうえに落とす。これがちかごろの日課である。
 ところで、お繁の家のすぐ裏には、三階建てのアパートがあって、その二階に湯浅|順平《じゅんぺい》という男が住んでいる(これは下書きだから、おれの本名を書いとくが、いよいよの時には、むろん名前は変えるつもりだ)。順平の部屋の窓からのぞくと、お繁の家が真下に見える。障子が開いてると座敷の中は|見《み》|透《とお》しで、床の間の一部まで見える。順平はまえからお繁が嫌いであったが、ちかごろではいよいよますます、彼女を憎むことがはげしくなった。髪もゆわずに、のろのろしているお繁を見ると、日陰の湿地をのたくっている|蛞《なめ》|蝓《くじ》を連想する。順平は蛞蝓が大嫌いだ。
 そのお繁がちかごろ縁側に机を持ち出して、毎日お習字みたいなことをやりだしたのはよいとして、書きながら、しきりにメソメソしている様子だから、さあ、順平は気になりだした。この男は一度気になりだすと、絶対に気分転換ができない|性《たち》である。そこである日こっそりと、友人の山名紅吉のところから持ち出した双眼鏡で、お繁の書いているところのものを偵察したが、するとなんと書置きのこと。
 これには順平も驚いた。驚いたのみならず、にわかにお繁が|憐《あわ》れになった。いままで憎んでいたのが|相《あい》|済《す》まぬような気持ちになった。自業自得とは申せ、思えば|不《ふ》|愍《びん》なものであると、大いに|惻《そく》|隠《いん》の情をもよおした。
 こうして順平が同情しながら、一方、心ひそかに期待しているにもかかわらず、お繁はいっこう彼の期待に添おうとしない。つまり自殺しようとせんのである。それでいて、毎日、『書置きのこと』を手習いすることだけはやめんのだから妙である。はじめのうち順平は、正直にきょうかあすかと待っていたが、しまいにはしだいにしびれが切れてきた。
「ちきしょう自殺するならさっさと自殺しゃアがれ!」
 だが、それでもまだしゃあしゃあと生きているお繁を見ると、順平はムラムラと|癇癪《かんしゃく》を爆発させた。
「ちきしょう、ちきしょう。あいつは結局自殺なんかせんのだ。書置きを書くのが道楽なんだ」
 ところがある日、順平は大変|面《めん》|妖《よう》なことを発見した。昨日までメソメソとして、書置きばかり書いていたお繁が、きょうは妙ににこにこしている。久しぶりに髪も取り上げ、|白粉《おしろい》も塗り、着物もパリッとしたやつを着ている。はて、面妖な、これはいかなる風向きぞと、順平が驚いて偵察をつづけていると、まもなく彼女はどこからか、手の切れそうな紙幣束を持ち出して勘定をはじめたから、さあ、順平はいよいよ驚いた。驚くというより|呆《あき》れた。|呼吸《いき》をのんで双眼鏡をのぞいてみると、札束はたっぷりと一万円はあった。お繁はそれを持って久しぶりに、しゃなりしゃなりと外出していったのである。
 あとで順平が、|狐《きつね》につままれたような顔をして、ポカンと考えこんでいた。いったい、どこからあんな金を――と、そこで、彼ははたと|膝《ひざ》をたたいたのである。まえの晩のことである。お繁は二、三枚の着物を取り出して、妙に悲しげな顔をしながら、撫でたりさすったりしていたが、さてはあの着物を売りゃアがったにちがいない……。
 この金があるあいだ、お繁は幸福そうであった。毎日パリッとしたふうをして、いそいそと楽しげに出かけていった。そして毎晩牛肉の|匂《にお》いで順平を悩ませ、どうかすると、三味線など持ち出して浮かれていることもあった。ところがそれも束の間で、日がたつにしたがって、風船の中から空気が抜けていくみたいに、眼に見えて、お繁の元気がしぼんでいった。そして髪もゆわず、白粉気もなくなり、寝間着のままのろのろしている日が多くなったかと思うと、またある日、縁側に机を持ち出して、書置きのこと。
 お繁はなんべんもなんべんもそんなことを繰り返した。そして、いよいよますます、順平をじりじりさせた。この調子でいけば、お繁の自殺は、いつになったら実現するかわからん、と順平は溜息をついた。着物道楽の彼女は、まだまだ売代にこと欠かん様子である。インフレはますます|亢《こう》|進《しん》していくが、その代わり、着物もいよいよ高くなっていくから、この調子ではあと一年や二年、寿命が持つかもしれん。それにだ、お繁はまだ若いのである。お化粧をして、パリッとしたみなりをしているところを見ると、まだまだ男を|惹《ひ》きつける魅力を持っとる。いつなんどき、ヤミ屋の親分かインフレ成金がひっかからんもんでもない。そうなったらもうおしまいである。未来|永《えい》|劫《ごう》、彼女の自殺を見物するという楽しみは消し飛んでしまう……。
 順平はだんだんあせり気味になったが、そういうある日、お繁は妙なものを買ってきた。金魚鉢と金魚である。世の中には金があると、うずうずして、なんでもかんでも手当たりしだい、買わずにいられんという人間があるもんだが、この女もそういう人種のひとりにちがいない。順平もそういう金魚鉢を、ちかごろ表通りのヤミ市でたくさん売ってるのを知っているが、そこから買ってきたにちがいない。ふつうありきたりのガラスの鉢で、|縁《ふち》のところが|巾着《きんちゃく》の口みたいに、ひらひら波がたになっているあれだ。中に金魚が五、六匹泳いでいる。
 つまらんものを買ってきたなと順平は心で|嗤《わら》ったが、お繁がこの金魚ならびに金魚鉢を大事にすることは非常なものである。彼女は毎日水をかえてやる。ところが、この女はモノメニヤ的性向が多分にあると見えて、水をかえてやるのが大変なのである。彼女はいちいち|物《もの》|尺《さし》を持ってきて、水の深さを測量する。なんでも、金魚鉢の首のところまで、きっちりしなければ承知ができんらしい。それより多くても少なくても、注ぎ足したり汲み出したり、そして、そのたびにいちいち物尺で測り直すのだから大変だ。さて、ようやく水の深さに納得がいくと、こんどはそれを、床の間へかざるのがまたひと仕事だ。なんでも、左の床柱からきっちり一尺のところへ置かんと気がすまんらしい。これまた、いちいち物尺で測ったのちに、やっと彼女は満足するのである。
 こういう様子を見ていると、順平はいちいち、神経をさかさに撫でられるようないらだたしさを感じた。切なくて呼吸がつまりそうであった。ちきしょう、ちきしょう、ちきしょう。――と、全身がムズがゆくなるようないらだたしさに、順平は七転八倒するのである。殺してやる、殺してやる、殺してやる。――と、つい夢中になって叫んでいるうちに、彼ははっとして、自分の心のなかを見直した。そして、恐ろしさに、ブルルと身をふるわせた。しばらく彼は、しいんと黙りこんで、視線のさきをあてもなく見つめていた。
 ふいに彼はけらけらと笑った。それから、なぜいけないんだ。あの女を殺すことがどうしていけないんだと自問自答した。あの女は蛞蝓である。蛞蝓をひねりつぶすのに、なんの遠慮がいるものか。しかもあいつは道楽とはいえ、死にたがって毎日ほど書置きを書いているのではないか。
「よし」
 と、そこで順平は決心の|臍《ほぞ》をさだめる。すると、近来珍しく、胸中すがすがしくなるのを感じたが、しばらくすると、しかし、待てよと、また小首をひねった。あの女は蛞蝓である。その点、疑う余地はない。しかし、あの女の正体を看破しているのは自分だけである。世間ではあいつ、立派に人間の|牝《めす》でとおっている。とすれば、あんなやつでも殺したら、いや、殺したのが自分であるということがわかったら、やっぱり自分は警察へ引っぱられるかもしれん。悪くすると死刑だ。死刑はいやだ。蛞蝓と生命の取りかえはまっぴらである。
 ここにおいて順平が思いついたのが、蝙蝠男の耕助のことである。そうだ、そうだ、蛞蝓を殺して、その罪を蝙蝠にきせる。おれの代わりに蝙蝠が死刑になる。ここにおいておれははじめて、めでたし、めでたしと枕を高くして眠ることができる。ああ、なんという小気味のよいことだ。考えただけでも溜飲がさがるではないか……。
     四
 おれはいっきにここまで書いて筆をおいた。これからいよいよ|佳境《かきょう》に入るところだが、そういっぺんには書けん。ローマは一日にして成らず、傑作は一夜漬けではできん。それに第一、いかにして蛞蝓を殺すか、そしてまた、いかなるトリックを用いて、蝙蝠に罪をきせるか、それからして考えねばならん。それはまあ、いずれゆっくり想を練ることにして、――と、おれはひとまず筆をおさめて寝ることにした。その晩おれは久しぶりによく眠った。
 ところが翌日になると、おれはすっかり小説に興味を失ってしまった。昨夜書いたところを読み返してみたが、|阿《あ》|房《ほ》らしくておかしくてお話にならん。こんなものをなぜ書いたのか、どうして昨夜は、これが一大傑作と思われたのか、自分で自分の神経がわからん。そこでおれは本箱のなかに原稿を突っ込んでしまうと、きれいさっぱりあとを書くことを|諦《あきら》めた。諦めたのみならず、そんなものを書いたことさえ忘れていた。
 ところが、――である。半月ほどたって大変なことが起こったのである。
 おれはその日も、いつもと同じように学校へいって、四時ごろアパートへ帰ってきたが、見ると、表に人相の悪い奴がふたり立っていた。おれがなかへ入ると、そいつら妙な眼をして、ギロリとおれの顔を|睨《にら》みやアがった。虫の好かん奴だ。おれはしかし、べつに気にもとめんとアパートの玄関へ入ったが、するとそこにお加代ちゃんと紅吉のやつが立っていた。ふたりともおれの顔を見ると、おびえたように、二、三歩あとじさりした。おれがなにかいおうとすると、お加代ちゃんは急に真っ青になって、バタバタむこうへ逃げてしまった。紅吉のやつもこわばったような顔を、おれの視線からそむけると、これまたお加代ちゃんのあとを追っていきやアがった。
 どうも変なぐあいである。
 しかし、おれはまだ気がつかずに、そのまま自分の部屋へ帰ってきたが、すると、さっき表に立っていた人相の悪いふたりが、すうっとおれのあとから入ってきやアがった。
「な、なんだい、君たちゃア――」
「湯浅順平というのは君ですか」
 こっちの問いには答えずに、むこうから切り出しアがった。いやに落ち着いたやつだ。
「湯浅順平はおれだが、いったい君たちゃア――」
「君はこれに見憶えがありますか」
 相手はまた、おれの質問を無視すると、手に持っていた風呂敷包みを開いた。風呂敷のなかから出てきたのは、べっとりと血を吸った抜身の短刀だが、おれはそれを見るとびっくりして眼を見はった。
「なんだ、どうしたんだ、君たちゃア。その短刀はおれのもんだが、いつのまに持ち出したんだ。そしてその血はどうしたんだ」
「むこうにかかっているのは君の寝間着だね。あの袖についているしみ[#「しみ」に傍点]はいったいどうしたんだね」
 相手は三度おれの質問を無視しゃアがった。しかし、おれはもう相手の無礼をとがめる余裕もなかった。重ねがさね妙なことをいうと、後ろの柱にかかっている、寝間着に眼をやったが、そのとたんおれの体のあらゆる筋肉が、完全にストライキを起こしてしまった。白いタオルの寝間着の右袖が、ぐっしょりと赤黒い血で染まっているのである。
「この原稿は、――」
 と、人相の悪い男がおれの顔を見ながらまたいった。
「たしかに君が書いたものだろうね」
「わ、わ、わ、わ、わ!」
 おれはなにかいおうとしたが、舌が|痙《けい》|攣《れん》して言葉が出ない。人相の悪いふたりの男は、顔見合わせてにやりと笑った。
「|河《こう》|野《の》君、そいつの指紋をとってみたまえ」
 おれは抵抗しようと試みたが、何しろ全身の筋肉が、完全におれの命令をボイコットしているのだからどうにもならん。|不《ふ》|甲《が》|斐《い》なくもまんまと指紋をとられてしまった。人相の悪いやつはその指紋を、別の指紋と比較していたが、やがて薄気味悪い顔をして|頷《うなず》き合った。
「やっぱりそうです。まちがいありません」
「い、い、いったい、君たちゃア」
 突然、おれの舌がストライキを中止して、おれの命令に服従するようになった。そこでふたたびスト態勢に入らぬうちにと、おれは大急ぎでこれだけのことを怒鳴った。
「き、き、君たちゃなんだ。勝手にひとの部屋に|闖入《ちんにゅう》して、いつのまにやらおれの原稿を探し出したり、そ、そ、それは新憲法の精神に反するぞ」
 人相の悪い男はにやりと笑った。そしてこんなことをいった。
「まあ、いい。そんなことは警察へきてからいえ」
「け、け、警察――? おれがなぜ警察へいくのだ。おれがなにをしたというんだ」
「君はな、昨夜、その原稿に書いたことを実行したのだ。君のいわゆる蛞蝓を、この短刀で刺殺したのだ。さて、お繁を殺したあとで、君は金魚鉢で手を洗った。そのことは、金魚鉢の水が赤く染まっているのですぐわかるんだ。ところが、君はそのとき、ひとつ|大《おお》|縮《しく》|尻《じり》を演じた。金魚鉢の縁をうっかり握ったので、そこに君の指紋が残ったのだ。なあ、わかったか。その短刀は、だれかが盗んだのだと言い訳することができるかもしれん、また、寝間着の血痕にも、もっともらしい口実をつけることができるかもしれぬ。しかし、金魚鉢に残った指紋ばかりは、言い抜けする言葉はあるまい。あるか」
 なかった。第一、おれはお繁の家の金魚鉢になど、絶対にさわった覚えはないのだから。
「よし、それじゃ素直に警察へついてきたまえ」
 人相の悪い男が左右からおれの手をとった。おれは声なき悲鳴をあげるとともに、首を抜かれたように、ぐにゃぐにゃその場にへたばってしまった。
     五
 それからのち数日間のことは、どうもよくおれの記憶に残っていない。警察へ引っぱられたおれは、五体の筋肉のみならず、精神状態までサボタージュしていたらしい。元来おれは小心者なのだ。警察だのお巡りだのと聞くと、この年になっても、五体がしびれて恐慌状態におちいるという習慣がある。だから、はじめのうちはいっさい無我夢中だった。うまく答えようと思っても、舌が意志に反してうまく回らなかった。そして、そのことがいよいよ警察官の心証を悪くすることがわかると、ますますもっておれは|畏縮《いしゅく》するばかりだった。
 ところが――ところがである。四、五日たつと、警部の風向きが変わってきだ。大変優しくなってきたのである。そして、こんなことを訊くのである。あなたは――と、にわかにていねいな言葉になって、お繁の家にあるような金魚鉢を、どこかほかでさわってみたことはないか。ああいう金魚鉢を、お宅の近所のヤミ市でたくさん売っているが、いつかそれにさわってみたことはないか、これは大事なことだから、ようく考えて、思い出してください、とそんなことをいうのだ。しかし、考えてみるまでもない。おれは何年も金魚鉢などさわったことがなかった。そこで、そのとおりいうと、警部はふうんと溜息をもらした。そして|憐《あわ》れむようにおれの顔を見ながら、あなたはきっと、度忘れをしているにちがいない、きっと、どこかでさわったにちがいない、今夜、ようく考えて思い出してごらんなさいといった。どうもその口ぶりから察すると、それを思い出しさえすれば助かるらしい気がしたが、憶えのないことを思い出すわけにはまいらん。
 ところがその翌日のことである。いつものように取調室へ引っぱり出されたおれは、突然はっと、なにもかも一時に氷解したような気がした。と、いままでストライキしていた舌が、急におれの命令に服従するようになった。おれは大声でこう怒鳴った。
「そいつだ、そいつだ。その蝙蝠だ。そいつがやったことなのだ。そしておれに罪をかぶせやアがったのだ」
 おれは怒り心頭に発した。|地《じ》|団《だん》|駄《だ》ふんで叫んだ、怒鳴った、そして果てはおいおい泣きだした。あのときなぜ泣いたのかしらんが、とにかくおれは泣いたのだ。すると警部はまあまあというようにおれを制しながら、
「まあ、そう昂奮しないで。ここにいる金田一耕助氏は、君の考えているような人物じゃありませんよ。このひとはね、きょうはあなたにとって、非常に有利なことを|報《し》らせにきてくださったのですよ」
「|嘘《うそ》だ!」
 と、おれは叫んだ。
「嘘だ、嘘だ、そんなことをいって、そいつらはおれをペテンにかけようというのだ」
「嘘なら嘘で結構ですがね、とにかく私のいうことを聞いてください」
 金田一耕助のやつ、長いもじゃもじゃ頭をかきまわしながら、にこにこ笑った。案外人なつっこい笑い顔だ。それからこんなことをいった。
「このあいだ、そう、あの事件のまえの晩のことでしたね。私が表から帰ってくると、あなたはお加代さんに呼ばれて、あの人の部屋へ入っていったでしょう」
「そ、そ、それがどうしたというんだ!」
 おれはまだむかっ腹がおさまらないで、そう怒鳴ってやった。
「まあまあ、そう昂奮せずに――さてあのとき、お加代さんの部屋は真っ暗だった。電気の故障だということだった。それで、その修繕にたのまれて、あなたはお加代さんの部屋へ入っていったのでしたね。あのとき私は、自分に少し電気の知識があるものだから、もしあなたの手にあまるようだったら手伝ってあげようと、部屋の外で待機していたんですよ。すると真っ暗な部屋のなかから、お加代さんのこういう声が聞こえた。湯浅さん、ちょっと、この電気の笠を持っていて――離しちゃ駄目よ、ほら、ここのはしを持って――お持ちになってて、ああ、やっぱりこっちへとっとくわ、危ないから。――ねえ、そうでしたね。あのとき、あなたは暗がりのなかで、お加代さんの差し出した電気の笠のはしを、ちょっとお持ちになったんじゃありませんか」
 そういえばそんなことがあった。
「しかし、そ、それがどうしたというんだ」
 おれはなんとなく心が騒いだ。舌が思わずふるえた。
「つまりですね、問題はそのときの笠の形なんですがね、お加代さん、どうしたのか、ちかごろ馬鹿にでかい笠をつけたじゃありませんか。朝顔みたいにこっぽりしたやつで、縁が巾着の口みたいにひらひらしている……」
 おれは突然ぎょくんとして跳び上がった、眼がくらんで、|顎《あご》ががくがく痙攣した。
「君は――君は――なにをいうのだ。それじゃ――あのときお加代さんが電気の笠だといって、おれに握らせたのが――」
「つまり、金魚鉢だったんですよ」
 おれはなにかいおうとした。しかし舌がまたサボタージュを起こして、一言も発することができないんだ。すると金田一耕助はにこにこしながら、
「湯浅さん、まあ、お聞きなさい。このことに私が気がついたのは、あなたのあの未完の傑作のおかげなんですよ。あなたはあの小説のなかに、お繁という女が、金魚鉢について、いかにモノメニヤ的な神経質さを持っているか、ということを書いていますね。ところが、お繁が殺された現場にある金魚鉢は、あなたがお書きになった位置よりも、約一尺、つまり金魚鉢の直径ほど、右によったところにあり、しかも、なかの水も半分ほどしかなかったんですよ。その水が赤く染まっているところから、犯人が金魚鉢で手を洗ったことはわかっていますが、手を洗うのに金魚鉢を動かす必要もなければ、また、水が半分もへるわけがない。そこで私はこう考えたんです。犯人は第二の金魚鉢を持ってきて、もとからあった第一の金魚鉢のそばに置いた。そして第一の金魚鉢の中身を、第二の金魚鉢に移したが、そのときあわてていたので半分ほどこぼした――と、このことは、床の間のまえの畳が、じっとりとしめってるのでも想像ができるんです。だが、なぜそんなことをしたのか、――それはつまり、あなたの指紋を現場に残しておきたかったからですね。そこで、昨日警部さんに頼んで、あなたに、どこかほかで、金魚鉢にさわったことはないかと、訊ねてもらったんです。しかし、あなたはそんな記憶がないとおっしゃる。そこでふと思い出したのが、先日のあの電気の笠のエピソードなんですよ」
「それじゃ――それじゃあのお加代が――」
 おれはいまにも泣きだしそうになった。あのお加代が――あのお加代が――ああ、なんちゅうことじゃ!
「そう、あのお加代と山名紅吉の二人がやったんですね。というよりも、お加代が紅吉を|唆《そその》かしてやらせたんですよ。湯浅さん、人間を外貌から判断しちゃいけない。あのお加代という女は、年は若いが実に恐ろしいやつですよ。私がなぜあのアパートヘ招かれていったと思います? 実は剣突剣十郎氏の依嘱をうけて、剣十郎氏のちかごろ悩まされている、正体不明の|吐《と》|瀉《しゃ》事件を調査にいったんですよ。剣十郎氏はあきらかにある毒物を少量ずつ盛られていた。放っておけば、その毒物が体内につもりつもって、早晩命とりになるという恐ろしい事件です。私はちかごろやっと、その毒殺魔が|姪《めい》のお加代であるという証拠を手に入れた、その矢先に起こったのがこんどの事件で、だから私ははじめからお加代に眼をつけていたんです。あいつは恐ろしい女ですよ。美しい顔の下に、蛇のような陰険さと|貪《どん》|婪《らん》さを持った女です。あいつまえから、お繁の金に眼をつけていたが、その矢先に、あなたの原稿を見たので、それからヒントを得て、ああいう恐ろしい計画をたて、山名紅吉を口説き落として仲間に引きずりこんだんです。つまりあなたが空想のうえで私にしようとしたことを、すなわち自分で殺して私に濡れ|衣《ぎぬ》をきせようという、あの空想を、お加代は実際にやって、しかも罪を背負わされる犠牲者にあなたを選んだのです。どうです、わかりましたか」
「それじゃ――それじゃ、――お加代は自ら手をくだして、――お繁を殺したんですか」
「そう、半分――。半分というのはこうです。お繁は心臓をえぐられて死んでいたんですが、同時に咽喉のところに|縊《くく》られた跡が残っていた。しかも、その跡は、心臓をつかれた後でも先でもないことがわかった。しかも心臓をえぐり殺したあとで、首を絞めるやつもありませんね。つまり、その跡は心臓をえぐると同時にできたものなんです。だから、これは一人の人間の仕業でないことが想像された。どんな器用な犯人でも、|細《ほそ》|紐《ひも》で首を絞めながら、心臓をえぐるわけにいきませんからね。そういうことからも、共犯者のないあなたが犯人でないことがわかったし、同時にお加代と紅吉に眼をつけたというわけです。何しろ|凄《すご》いやつですよ、お加代という女は――お繁の後ろからとびついて、細紐で首を絞め、そこを紅吉に突き殺させたというんですからね」
 おれはもう口をきくのも大儀になったが、それでも突きとめるだけのことは突きとめておかねばならん。
「しかも、私に罪をきせるために、兇器として私の短刀を用いたんですね。そして私の寝間着に血をつけて……」
「そうです、そうです。あの短刀は二、三日前にお加代があなたの部屋から盗み出したもので、また、寝間着の血は、あなたが学校へいったあとで、お加代が自分の体からしぼりとった血をなすりつけておいたんです。利口なやつで、あの寝間着が発見されるのは、ずっとあとのことになり、それまでには血が乾いているだろうことを知っていたし、また、お繁が、自分と同じ血液型だということを、隣組の防空やなんかでちゃんと知っていたんですね」
 おれは悲しいやら、恐ろしいやら、わけがわからん複雑な気持ちで、しいんと黙りこんでいたが、するとふいに金田一耕助が、にこにこ笑いながら、こんなことをいった。
「どうです、湯浅さん、あなたはこれでもまだ蝙蝠が嫌いですか」
 正直のところ、おれはちかごろ蝙蝠が大好きだ。夏の夕方など、ひらひら飛んでいるのは、なかなか風情のあるものである。
 それに第一、蝙蝠は益鳥である。
    人面瘡
     一
「警部さん、警部さん、もし、|磯《いそ》|川《かわ》警部さん、恐れいりますが、ちょっと起きてくださいませんか。もし、磯川警部さん」
 障子のそとから気ぜわしそうに呼ぶ声に、やっとうとうとしかけていた金田一耕助は、はっと浅い夢を破られた。
 じぶんを呼んでいるのかなと、寝床のうえで半身起こした金田一耕助が、|片《かた》|肘《ひじ》をついたまま聞き耳を立てていると、ふたたび、
「警部さん、警部さん、もし、磯川警部さん、ちょっと……」
 と、切迫した男が障子のそとで|喘《あえ》ぐようである。それは金田一耕助を呼んでいるのではなく、|枕《まくら》をならべてそばに寝ている磯川警部を呼んでいるのである。
 若い男の声で、だいぶんせきこんでいるようだが、かんじんの磯川警部は寝入りばなとみえて、灯りを消した座敷のなかで健康そうな寝息がきこえる。
 金田一耕助が枕下の電気スタンドをひねると、陽にやけた磯川警部の顔がはんぶん夜具に埋まっていた。みじかく刈った白髪が銀色に光って、地頭がすけてみえている。
「警部さん、警部さん」
 と、金田一耕助が寝床から体をのりだして、
「起きなさい、起きなさい。だれかがあなたを呼んでいらっしゃる」
 と、|蒲《ふ》|団《とん》のうえから体をゆすると、磯川警部ははっとしたように眼を見開き、
「えっ!」
 と、下から金田一耕助の顔を見ていたが、急に寝床のうえに起きなおると、
「先生、な、なにかありましたか」
「いや、わたしじゃありません。縁側からどなたか呼んでいらっしゃる……」
「えっ?」
 と、寝間着にきてねた浴衣のまえをつくろいながら、磯川警部が縁側のほうへむきなおると、障子の外に懐中電灯をもった男の影がちらちらしていた。
「だれ……? そこにいるのは……?」
「ぼくです。警部さん、|貞《さだ》|二《じ》です。ちょっとお願いがあってまいりました。恐れ入りますがこっちへ顔をかしてくださいませんか」
「なあんだ。貞二君か」
 と、磯川警部は寝床から起きあがると、黒いくけ|紐《ひも》を締めなおしながら、
「いったい、どうしたんだい、いまごろ……?」
 と、障子の外へ出ていった。
 貞二君というのは宿のひとり息子である。
 金田一耕助はそのうしろ姿を見送っているうちに、ふっと夜更けの|肌《はだ》|寒《ざむ》さをおぼえたので、夜着をひっぱってふかぶかと寝床のなかにもぐりこんだが、うとうとしかけているところを起されたせいか、なかなか寝つかれそうになかった。
 障子の外では磯川警部と貞二君が、なにか早口にしゃべっていたが、やがて警部が障子のすきから顔をのぞけて、
「金田一さん、ちょっと母屋のほうへいってきますから……」
「ああ、そう、なにか……?」
「はあ、貞二君の話によると、なにかまたやっかいなことが起ったらしい。ひょっとすると、またお起しするようなことになるかもしれませんが、それまではごゆっくりとお休みください」
「金田一先生、夜分お騒がせして申訳ございません」
 と、貞二君も磯川警部の背後から顔をのぞけた。
「いやあ……」
 と、金田一耕助が寝床のうえから半身起して、ショボショボとした眼で笑ってみせると、
「それじゃ、警部さん」
「ああ、そう」
 と、磯川警部が障子をしめると、やがてふたりの足音があわただしく、離れの縁側から渡り廊下のほうへ遠ざかっていった。
いったい何事が起ったのか――と、金田一耕助が|枕下《まくらもと》においた腕時計をみるともう二時を過ぎている。
 耳をすますともなく聞き耳を立てていると、ひろい宿のむこうのほうで、なにかしら、ただならぬ気配がしている。宿のすぐうしろを|谿流《けいりゅう》が流れているのだが、上流のほうで雨でもあったのか、今夜はひとしお岩を|噛《か》む谿流の音が騒々しいようだ。
 なにか事件があったとすると、それは宿のものか、それとも泊りの客か、いや、そうそう、宿の隠居のお柳さまというのが、半身不随でながく寝ているということだが、そのひとになにかまちがいでも起ったのではないか。たしかさっきの磯川警部と貞二君との立話のなかに、お柳さまという名が出たようだが……
 と、そんなことを考えているうちに、金田一耕助はハッとさっき見た異様な情景を思い出した。
 そうだ、ひょっとするとこの騒ぎは、さっきじぶんが目撃した、あの異様な光景となにか関係があるのではないか。……
 それは一時間ほどまえのことだった。金田一耕助は便意を催して、寝床を出て|廁《かわや》へいった。磯川警部はよく眠っていた。金田一耕助は廁に立って、いい気持ちで用を足しながら、なにげなく廁の窓から外をみていた。
 |今《こ》|宵《よい》は|仲秋名月《ちゅうしゅうめいげつ》のうえに、空には一点の雲もなく、廁の外には谿流をこえて、奇岩奇樹が直昼のような鮮かさでくっきりとした影をおとしていた。
 |眉《まゆ》にせまる対岸の峰々も、はっきりと明暗の|隈《くま》をつくりわけてそそり立っている。眼をおとすと、宿の下を流れる谿流が、月の光にはてしない|銀《ぎん》|鱗《りん》をおどらせて、そこからほのじろい蒸気がもうもうと立ちのぼっている。
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名月にふもとの霧や田のけむり
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 柄にもなく金田一耕助はふと芭蕉の句を思い出したりした。
 あれはたしか芭蕉の紀行文にあった句だが、いったいどこへの旅のおりの句だったか――と、ぼんやりそんなことを考えながら用を足していると、|忽《こつ》|然《ぜん》として、この静寂な俳句の世界へわりこんできた人物があった。
 おや……?
 と、用をおわった金田一耕助が身を乗りだすようにして瞳をこらすと、いま眼前にあらわれたのは女であった。
 年齢は二十六、七であろう。
 髪を地味な|束《そく》|髪《はつ》に結って、フランネルのようなかんじのする寝間着を着ている。月光のせいで、その寝間着がまっしろに見えた。いや、まっしろにみえたのは寝間着ばかりではない。髪も手も素足も(その女ははだしだった)……髪の毛さえも、白いというより銀色にかがやいていた。
 それにしてもいまじぶん、若い女がどこへいくのだろう。……
 金田一耕助はふしぎそうに、女の動きを眼でおっていたが、そのうちにハッとあることに気がついた。そして、にわかに興味を催したのだ。
 その女のあるきかたに、尋常でないものがあるのに気がついたからである。まるで雲を踏むような歩きかただった。顔を少しうしろに反らし、両手をまっすぐに側面に垂れ、わき眼もふらずにひょうひょうとして歩いていく。その歩きかたにどこか非人間的な|匂《にお》いがあった。
 夢遊病者……?
 金田一耕助は職業柄、夢遊病者に関する事件を、いままでに扱ったことも二、三度ある。なかには夢遊病者をてらった事件さえもあったのだが。……
 しかし、じっさいに夢中遊行のその現場を、これほどまざまざと目撃したのはこれがはじめてである。金田一耕助は廁の窓からのりだすようにして、月光のなかをいくこの異様な女のすがたを見まもっていた。
 女は左手のほうから現れたかとおもうと、廁から五、六間離れたところを横切って、宿の裏手から谿流のほうへおりていった。あいかわらず雲を踏むようなひょうひょうたる足どりで、|磧《かわら》の石ころづたいに下流のほうへ姿を消していった。
 彼女のいくてには|稚《ち》|児《ご》が|淵《ふち》という、ふかい淵があるはずなのだが。……
 女のうしろ姿が見えなくなると、金田一耕助はふっとわれにかえった。気がつくと全身がかるく汗ばんでいる。その汗が冷えるにしたがって、秋の夜更けの冷気が身にしみわたって、金田一耕助はおもわず身ぶるいをした。
 このことを宿のものに知らせるべきかどうか。……
 金田一耕助はちょっと迷ったが、けっきょく黙っていようと考えた。他人の秘事に立ちいることを|懼《おそ》れたのだ。
 若い女のこういう奇病を騒ぎ立てられるほど、当人にとっても身寄りのものにとっても、迷惑なことはないだろうと考えたのと、もうひとつには、夢遊病者というものに、案外、|怪《け》|我《が》のないものだということをしっていたからである。
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